「僕は葵。立花葵」
高校一年だけど、今は学校休んでると付け足して教えてくれた。
「あと、妹が一人。碧って言うんだよ」
彼は自己紹介というものなのだと教えてくれた。
どうやら友人の情報は中途半端なものだったらしい。
「私は…家族と言うものはないけれど、友人ならいるわ」
中途半端な情報を提供してくれた、友人・サラ。
ある時を境にして彼女は黒い服しか着なくなってしまったけど、それ以外は何も変わらないただ一人の幼馴染。
「僕も友人がいるよ。いつもお見舞いに来てくれるんだ」
「いいお友達なのね」
私は友達のことを嬉しそうに話す姿を見てほっとしていた。
「小さい頃からの友達だからね。ここで出会って八年くらい経つけど、今でもよく会ってるよ」
さらりと出てきた言葉。
私は一瞬その言葉の意味が分からなくて、言葉を忘れた。
彼はそんな私の反応を見て、苦笑する。
「僕はね、この病院にもう十年位入院してるんだ。本当のこと言うとね…小学校時代の友達以外は飛鳥しかいないんだ」
十年間の入院。
それは彼にとってどれだけ酷な事なのか。
どうしてそれだけの時間を入院していなければならないのか。
消えそうに見えた理由が、分かった気がした。
「飛鳥って言うのは友人の名前だよ。今日も来てくれる予定なんだ」
「とても仲良しなのね」
「気が合うんだよ…名前も、凄く羨ましい名前だしね。飛ぶ鳥って書いてあすかって読むからね」
出来る限り動揺していることを隠すように勤めて、私は笑った。
彼も笑って答えてくれる。
空が届かないものと言った彼には、友人の空に届きそうな名前が羨ましく映る。
そう語った彼の表情はとても複雑で、高校一年生のものとは思えなかった。
「あ、と…そろそろ部屋に戻らないと…」
遠くで鳴り響いたチャイムに気づき、彼は慌てて扉へと向かう。
「もう戻らないといけないから戻るね。また…会えるよね?」
扉に手をかけて振り返る彼は子犬のようにじっと私の返事を待つ。
私は出来る限りの最上の笑みを浮かべてもちろんと返した。
「またね」
彼は私の答えに安心すると、足早に屋上を後にした。
「あと…何回会えるかしら…」
別れ際に見えた彼の腕の痛ましい点滴針の跡に、私は不安を感じながら屋上を離れた。