それは、私の知らない記憶。
半年経ってまた聖杯戦争が始まった冬木で私はとんでもない夢にうなされて…起きた。
どうしてこんな事になったのかなんて分からない。
でも、この異常を何とかしないといけない。
そう思ってロンドンから帰ってきて…風邪を引いた。
時々士郎が来てくれるし、一人で病気という不安はないんだけど…
「なんで…あんな夢…」
確信があったわけじゃない。
似てると思っていたけれど、同じだとは思わなかった。
でも、夢の中の彼は確かに言ったのだ。
私を頼む、と。
考えられるのは一つの可能性。
別の世界の結末が、夢に出てきた…ということ。
にしたって、今の私には辛い。
確かにいるのに、アイツは私のところには来ない。
来ないくせに私にこういう知らない記憶を見せる。
アイツは一体どのくらい…私と別れてきたんだろうか。
ペンダントがアイツを呼ぶ条件になるのなら。
私とペンダントと関係が有る限り、アイツは私に召喚される。
もう私のアーチャーには戻らないくせに、こんな夢を見せて。
どういうつもりなんだろう。
時計を見ればまだ夜中の二時。
明ける気配のない空が月を浮かべてそこにある。
月明かりしか差し込んでいないはずの私の部屋。
その中で黒が動いた。
「誰?…え」
誰、と聞いてすぐに誰なのか分かった。銀色に輝く髪が揺れる。
私といた時は赤があるから分かりやすかったけれど、今は。
「暗闇に黒い服なんて…今度は髪の色も気をつけたら?」
「そうするとしよう。まさか起きるとは思わなかったが」
存在を隠そうともせずにそいつは月明かりの元に歩いてきた。
半年前、確かに見たその姿。
「誰かさんの記憶に引きずられて起きたのよ…」
「む?どんな記憶だ?」
私の言葉に反応するアーチャー。
「アンタが…最後までいる記憶よ。知らない間に消えたりしてない…ちゃんとさよならしてる記憶」
今の彼は今の記憶しか持たないだろうと踏んで、軽く説明する。
座に戻れば消えるんだし。
「凛…だから泣いているのか…?」
どうせ大した反応はないと思っていたのに、返ってきたのはそんな言葉。
「え…?」
私は自分が泣いていたなんて気づいていなかったのだ。
「あの時も君は泣くまいと耐えていたな」
懐かしさを込めた、アーチャーの言葉。
忘れてなんていない、覚えているんだと確信した。
「な…アンタが…いつも通りにしてるから…タイミング逃したのよっ」
夢の中の自分の感情が冷めぬ間に言われて、私は力の限り文句を言った。
「それはすまないな。だが…それ以外の会話が思いつかなくてね」
答えは得ているから。
後は潔く消えるのみだというアーチャーの感情が流れてきて。
泣くに泣けない自分の性格と相まって、泣けなかった。
「ばか…」
「それに…別れの言葉など述べたら君が泣いてしまうと思ったからな」
懐かしむように、遠いものを見るように視線を外に移すアーチャー。
「でも、黙っていなくなるよりは…別れの言葉があった方がよかったわ」
それは、この世界での過去。
彼は私が気を失っている間に消えた。
「一応…別れの言葉は残したのだがね…聞えていないとは思っていたさ」
視線はこちらを向く事もない。
私にとってもアーチャーにとってももう変わらない過去。
直接は聞いていない。
聞いていないけど、士郎から聞いた。
まるで俺みたいな言い方で達者でな、遠坂と言っていたと。
一度として遠坂なんて呼んだ事のないアーチャーが、そう呼ぶなんて信じられなかった。
だから。
ちゃんと本人から聞くまでは信じてやらないことにした。
「どうせいつものように皮肉でも言ったんでしょう?私が聞いてないと思って」
本当は、ライダーからも聞いている。
士郎と全く同じことを言っていた事を。
「いや?簡潔な別れの言葉だよ」
「信じないわよ…だって、アーチャーが…」
アーチャーの言葉に真実味が増す。
でも。信じたくない。
本当は分かってるけど、それを理解したくなくて。
認めたら放せなくなりそうで。
「私が、どうしたのかね?」
「それは…」
とっさに発してしまった言葉が悔やまれる。
アーチャーは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「そんな事より、どうしてここにいるのよ?」
それ以上突っ込まれたら白状してしまいそうなので話を逸らす。
「何、君が寝込んでいると聞いてね。大丈夫だろうとは思ったが一応様子を見に来た」
皮肉げな顔で笑みを浮かべて、近づいてくるアーチャー。
寝ている私の額に触れて、熱は無いようだな、と呟いた。
「まあ、君ならば風邪の方が裸足で逃げていくだろうがね」
「ちょ、どういう意味よそれ!」
近くに来て言うことがそれなの?
思わず体を起こして抗議した。
「と、寝ていたまえ。今紅茶でも入れてこよう」
私の肩を掴んで、ベッドに押し戻すアーチャーの表情は皮肉な面はなくて。
まるで呆れつつ笑う士郎みたいな笑みを浮かべていたからちょっと動揺した。
その動揺に、追い討ちをかけるアーチャー。
「ああ、ライダーから別れの言葉を聞いている事は了承済みだ。遠坂、と呼んだ事もな」
下がったはずの熱が上がった気がしたけれど、聞えなかった振りをして無視をした。
だって、反則だと思う。
穏やかな笑みで遠坂って呼ぶなんて。
あの夢の笑顔、思い出しちゃうじゃない…なんて思いながら、アーチャーが紅茶を入れてくるのを待った。