絶望的な呟きからそう時間が経たないうちに、彼女達は戻ってきた。
膠着状態の衛宮邸内部を見て、固まる二人。
この状態、何だ?
それが二人の率直な感想である。
「…衛宮君…桜とセイバーは…?」
答えを分かっていて問いかける凛。
「それは…」
言いよどんだ士郎の表情を見て、冷静さを取り戻す。
「黒き聖杯が起動した、か…」
感情が無い呟きを漏らし、表情も無く口元をゆがめる神父。
助け出したあの日、凛は嫌ではあったが桜を神父の下に連れて行っていた。
桜の体の状態を確かめる為に。
あの日、桜が自分の事を知ったと同時に神父もまたその状態を知っていたのだ。
「何のことなんだ、遠坂」
事情が分からないのは彼…衛宮士郎ただ一人。
「桜が間桐の後継者で魔術師だってことは知っていると思うけど…」
凛はかいつまんでさらりと説明をした。
長々説明していられないと言う事でざっくりと。
それでも、相当のショックだったのか説明を受けた後でも言葉を発する事はなかった。
ライダーは理由を知って、納得したという表情を一瞬見せた。
「衛宮士郎」
沈黙の続く彼に声をかけたのは神父。
名前を呼ばれて、動揺を隠せないままの顔で神父を見つめる。
「どうしたのだ?喜ぶべき事ではないか」
そこにいる誰もが、一瞬理解できなかった。
「正義の味方になりたいのだろう?ならば喜べ。今、倒すべき悪が誕生したのだから。…待っていたのだろう?」
教会での心が冷える神父との会話を思い出し、顔色が一気に悪くなる士郎。
「なっ…綺礼、アンタ何を言って…!」
妹を明確な悪と言われて声を上げる凛。
見守るサーヴァント3人は神父に視線を集中していた。
もっとも、ランサーの視線は二人とは違い、アンタのほうが悪だろという気持ちが現れていたのだが。
事情を理解しているアーチャーは最悪の事態を想像したが、見てきたような流れではない事を感じてまだ望みはあると考えていた。
名も無き弓兵が辿ってきた聖杯戦争では、この事態に直面した時彼は片腕を少年に託して消えていたのだから。
少なくとも戦力的にも手を打つことは出切る筈。
彼女の精神が持てばの話だが。
全てはそこにあるはずだ。
例え自分がいなくとも凛が助かった聖杯戦争は多い。
その点においては心配要らないほどの悪運の持ち主だ。
そこまで考えていながら、目の前の事態に動揺する。
桜を選ぶ自分はいた。
桜を選ばない自分もいた。
だが…凛を選ばない自分はいなかったのだ。
「喜べ少年。君の願いは今、叶う」
朗々と続いていた神父の言葉。
それに対して嫌悪感を幹出しにする士郎。
この聖杯戦争は桜を選ぶ聖杯戦争。
流れは違うが、上手く行けば桜も凛も…不本意ながら士郎も助かる。
だが、この世界の凛はそれでは満足しないだろう。
イリヤの生存を望む。
まだ数度の会話しかしていない相手でも、彼女は認めた相手ならば助けようとするだろう。
並行世界の聖杯戦争を混ぜ合わせたようで、全く異なる世界を弓兵は必死に計算していた。
ただし、計算に入っていなかった問題が一つ。
喧嘩のような会話をしている士郎と神父の横で、面白くないものを見ているかのように立っているサーヴァント…ランサーである。
いい奴なのは分かるのだが、どうしても相容れない何かがあるとアーチャーは思っていた。
ランサーが凛に好意を持っているという、そんな理由だとは知らずに。
続く