今日は高校の卒業式。
高校最後の一日は、俺にとって人生で一番緊張する日だ。
なにしろ、半年前の告白の返事が今日、返ってくるのだから。
こんなややこしい事になったのは、彼女の変わった提案のせいなんだけど…

理解不能な彼女の行動。

三年になって初めて同じクラスになった彼女に、半年前告白した。
向こうは一年の時から目立ってる有名人だけど、どんな人なのかは知らなくて。
クラスメイトとして接してみたらあっさり好きになっていた。
我ながら軽いかなとも思ったけれど、そうと気づいたならすぐ実行あるのみ。
当たって砕けろ精神で告白したら、何故か…不可解な返事を貰ってしまったのだ。
「気持ちは嬉しいわ。 だから…こうしましょう?藤堂君が私を好きにさせたら藤堂君の勝ち。
出来なかったら私の勝ち。期間は半年、結果は卒業式の後でどう?」
にこやかな笑みを崩すことなく、彼女は言い放った。
呆気にとられて、うっかり了承したのがいけないんだろうけど…
この日から彼女との『ゲーム』が始まったのだ。
接点はいくらでもあった。
委員会も一緒になったし、卒業制作の班も同じになった。
接触イベントがたくさんあると言う事は、少しは歩があるのかもしれない。
とはいえ、半年後にやっぱりダメでしたではきっと復活できないくらいのダメージを負う。
それを回避するには彼女に好きになってもらわないといけない。
半年間は必死だった。
もとより一年から騒がれている彼女が、このゲームをけしかける半年前まで誰とも付き合っていないのは…
正直、不安以外の何者でもない。
付き合ってた人とか好きな人の話があるのなら、いくらでも努力する。
でも情報がない。
好みのタイプとか、分からない。
その辺は思い切って本人に聞くことにした。
「あのさ、好きなタイプとかって…聞くのダメ?」
「ダメじゃないけど…聞いても無駄だと思うよ?」
「なんで?」
卒業制作の合間に小声で聞いてみた。
返ってきた返事は想像通りのもの。
それでもしつこく聞いてみると、意外な表情を浮かべて見つめてきた。
「たとえば、自分と正反対の人間が理想ですって言われたら落ち込まない?私だったら落ち込むと思う」
「確かに…。もしかしてそういうことだから言わないとか?」
困惑している彼女と言うのはあまり見た事がない。
もとよりポーカーフェイスな彼女が、浮かべて見せるのは無表情と笑顔のみ。
「そうじゃないけど…聞くのって、無意味じゃないかなって思うの。私が好きなタイプなんてないから」
それは、なんとも彼女らしい言葉だった。
「なるほど、それじゃ聞いても意味がないよな」
納得。
でも、逆を返せば誰でも好みになれるということだ。
それはそれで参考になった。
「ところでさ、このゲーム、今まで告白したヤツ全員に提案したのか?」
それは、ずっと気になっていた疑問。
どれだけの人間に告白されてきたのかは知らないけど、これを全部の人間としていたとしたらただ驚くばかりだ。
「まさか。藤堂君だけよ。他の人は普通に断ったもの」
卒業制作をしながら、彼女はこちらを向く事もなく言う。
その言葉に、動揺したけれど抑えた。
そうだとしたらちょっと…いや、かなり嬉しい。
にわかに喜んでしまった俺は、この後卒業制作に身が入らなかった。
そんなこんなで頑張ってアピールしてみた半年。
一緒に行動した半年で、知らなかった彼女のことを知ることが出来た。
一見奇抜な、理解不能な行動が多い彼女。
だけど、よく観察して見れば、理解できる。
ポーカーフェイスであるがゆえに、分かって貰いにくいのも一因だと分かったし。
なにより、『校内一の美人にして変人』というレッテルが間違っていた事にも気づいた。
目立つからそう取られただけで、実際は割りと普通の女の子だったのだ。
ポーカーフェイスだけど、よく見れば表情は変わっている。
くるくるとはいえないけれど、分かるほどには変わっている。
それに気づいたのも一緒に行動していたからだろう。
そんな事もあって、余計に彼女の事が好きになっているのは否定できない。
今日この場でごめんなさいされた日には四国巡りの旅に出れるくらいのダメージを負うだろう。
卒業式中も頭から離れず、式には身が入らない。
周りが感極まって泣いてたりするのに、上の空な自分は違う意味で泣きそうだ。
やばい。式が終わったら、いよいよ。
体育館を出て教室に向かう。
最後のホームルームが終われば、決戦の時が来る。
人の列に流されて歩いていると、前方にいるのは彼女。
式では成績の良い彼女が答辞をやっていた。
クラスメイトの女子と仲良く話している。
表情はにこやかで、いつもの雰囲気とは違う。
泣いている女子の涙を拭って、背中をさする。
そんな動作を見ていて、俺は再確認した。
そういう彼女だからこそ、好きになったんだと。
ホームルームでの担任の話など、耳に入らなかった。
この後がその時。
入試の発表よりも緊張している。
ホームルームが終わって、クラスメイトたちがざわめく。
外に出たり、写真を撮ったり。
彼女は席を立つと、教室を出て行く。
慌てて後を追う俺。
何人かのクラスメイトに声をかけられたが、トイレに行くと言って巻いてきた。
彼女が向かうのは屋上。
寒いから誰も行かない、無人の場所。
遅れて到着すると、彼女は柵に手を掛けて下を見ていた。
「ね、早いね。三年間ってあっという間だね」
「そうだな。でも、半年間の方があっという間だった」
彼女の視線の先には、卒業で浮かれて外ではしゃぐ卒業生の姿。
「もう、ここにはこれないんだよね…」
「たまに来てもいいんじゃないか?卒業生だし」
彼女の隣、数歩離れた場所で下を見る。
不思議と、返事を急ぐ気にはならなかった。
さっきまで、あんなに緊張していたのに。
「私ね、赤い花って好きじゃないの」
「知ってる」
彼女はいつも白とか薄い青とか…赤ではない色の花を見ていた。
「後輩にあげちゃった、赤い花」
彼女が言っているのは卒業生が胸に付けている花。
女子が赤で男子が白。
「だから、その花頂戴?」
それは彼女らしい言葉だった。
少し微笑むような彼女に、俺は頷いて花を渡す。
嬉しそうに受け取った彼女は、自分の制服のポケットを探って呟いた。
「しまった、何も持ってない…」
困惑している彼女。
おそらく、花の代わりを探しているのだろう。
「いいよ、気にしないでいいから」
彼女の行動が分かったので、お返しは要らないと告げる。
それでも彼女は考えたまま。
しばらく考えて、俺を一度見て俯く。
心なしか頬が赤いようにも見える。
寒さで赤くなったのだろうか?
「あー…あのさ、何にも持ってないから…」
彼女が俺のほうに近づいてくる。
数歩分の距離。
手を伸ばせば触れる距離。
一歩、二歩。
もう少しでぶつかる距離で、彼女は止まる。
間違いなく赤い顔で、彼女は俺の肩に手を置いた。
そしてー…
その行動に思わず凍る俺。
また俯いた彼女は、今にも消え入りそうな声で、俺に言った。
「お礼、これじゃダメ…?」
頭真っ白、ショート寸前。
ダメも何も、花とキスなら重いのはキスじゃないのか?
「なんで、これが…お礼?」
暴走する思考を抑えて、やっと出てきた言葉はこれだけ。
肩に置いていた手も下ろして俯いていた彼女は、俺の言葉に少しだけ顔を上げた。
「分からない?私が、ゲームを提案した理由も…」
いや、分からないかと聞かれても。
まだ頭の中は迷走中で、まともに考えられないんだけど。
「本当は…藤堂君、私の外見で好きなんだと思ってたの。だから、半年も私を見てればきっと想像してた私と違うって気づくと思って…」
それは、初めて聞いた独白。
確かに、この半年間想像とは違う彼女に驚いたけど。
「外見で好きだって言う人って、本当の私を知ると違うって言うの」
「確かに、想像とは違ってたかな」
「だから、違うって分かれば嫌われると思ったんだけど…」
「結果は違ってた?」
「藤堂君、変わらないし…だから」
彼女の言葉はなんとなく理解できた。
どんどん小さくなる声と、比例するかのように赤くなる顔。
こんな彼女は半年間で見た事がない。
「私が好きでいてもいいのかなって…思って」
最後の方はフェイドアウト。
それは半年前の告白の返事に他ならなかった。
「本当に?でもその言い方って」
「藤堂君は気づいてなかったけど…私、一年の頃から藤堂君知ってるのよ」
初耳な発言。
つまり、ゲームする前から結果は分かっていたってことか?
「じゃあなんでゲームなんて」
「だって、本当の私を知って…受け入れてもらえる自信なかったんだもの。だから、賭けてみました」
つまり。
「初めから決まってたのか、勝敗。とんだ八百長ゲームだな」
俺がそういうと、彼女は今までにないくらいの笑顔で笑った。
「そういうものでしょ、結構楽しかったし。藤堂君は?楽しくなかった?」
「楽しいとかそういうレベルじゃなかったな。ドキドキしっぱなしで死にそうだった」
半年間の感想を、オーバーに言う。
「そっか。それじゃあ、その裏返し?藤堂君、私のこと呼ばないよね」
告白する前の半年も、その後の半年も。
名前はおろか、苗字で呼ぶ事もほとんどなかった。
「仕方ないだろ、お前の苗字呼びにくいんだから」
今度はこっちが照れる番らしい。
「じゃ、名前で呼べばいいのに。嫌?」
「嫌じゃないけど…それなら、お前も俺を名前で呼ばないと変だろ」
向こうの方が余裕があるので攻撃してみる。
が、意外と余裕。
「いいよ?瑞希君」
あっさりと名前呼び。
「…優衣。これでいいか?」
俺の言葉に笑う優衣。
やっぱり初めから呼んでおけば良かった。
「でもさ、私たちって誤解されそうだよね」
「誤解?」
「うん。だって、同じ藤堂だよ?夫婦みたいだよね」
笑みを浮かべながら、なんでもない話題のように言う優衣。
動揺して思わず大声で言いそうになった。
前言撤回。やっぱり、彼女は理解不能だ。
「それにさ、結婚しても名前が変わらないのもちょっと残念よね」
「な、何言って…?!」
「冗談よ、ただ、思っただけ。でも、思わなかった?」
楽しげに振り回す彼女と、振り回される俺。
この関係は変わらないらしい。
それでも、やっぱり彼女がいいと思う俺はどうかしているのだろうか?
まあ、惚れた方が負けって言うしね。