あれから三人で練習に勤しむ毎日。
学園祭まであと半月。
全然絵が出来たという報告がないんだけど、大丈夫なのか…?!

手のひらの宇宙

台本が出来てから二週間。
未だに録音してないんだけど、大丈夫なのか?
演技がどうのというよりもそっちの方が気になって、最近は毎朝報告がないかとそわそわしていた。
「透真、出来たよ」
そう浅生に言われたとき、とうとう録音が始まるのかと嬉しかった。
佐倉が大丈夫なのかという心配と同時、だけど。
昼休みに佐倉と小寺に報告した。
小寺は素直に喜んでいたけれど、佐倉は…複雑そうに笑っていた。
僕だって正直、声だけで役をやると説明しても心配だ。
完全に人を締め出す事はできないし…佐倉の精神力にかけるしかない。
そして。
放課後、その時が来た。
「んじゃ、録り始めるからね」
麻生が宣言して始まる録音。
横目でちらりと見ると、佐倉はいつも通りに見えた。
前半十五分、後半十五分。
完成しているのは前半だから、今日は前半のみ。
映像の開始と共に音を録り始める。
一応、どのくらいの速さで口が動いているのかはみたけれど…
こうやって録るのがはじめての僕らは緊張している…と思う。
何とか十五分間をやり終えて、やっとコツが分かったような気がした。
「佐倉、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。だって、目の前に誰もいなかったし…やり方が慣れてなくて緊張したけどね」
思ったより佐倉は大丈夫なようだった。
「…佐倉先輩、楽しそうですね」
隣りで演じていた小寺が覗き込んで笑う。
「小寺君、分かる?人の視線を気にしないとこんなにも集中できるんだなって思うと楽しくて」
「それなら、声優になったらどうですか?先輩、向いてると思いますよ。秋川先輩も向いてると思うし」
二人もこの学校から声優が出るなんてすごいなぁと他人事のように笑う小寺。
「小寺君は?」
「俺、アナウンサー志望なんで」
意外な小寺の将来の志望。
「そうだね、向いてるなら…目指してもいいかもね」
あの時のような言葉。
だけど、その声にはあの時のような諦めはない。
もしかしたら、佐倉は。
「演技、諦めなくて良くなったのか?」
「わかんない。だけど、後半分を録り終わる頃には答えが出ると思う」
「そっか。一緒に声優になれたらいいな」
僕はそんな事を言って、佐倉がその道を選んだらいいのにと思った。
同じ進路を選ぼうとする人がいるのは嬉しいし…何より、去年演技力で魅せられた相手が同じ職業を目指すのならばこれ以上心強い事はないだろうから。
「そうだね。そうしたら、少しは…」
放送室を出ようとしていた僕にそう話しかけて、佐倉は言葉を切った。
「すこしは?」
クラスの出し物の用意があると急いで戻った小寺は、廊下の向こうを走っている。
他の放送委員はこれから前半の編集があるので居残り。
やることがなくなった僕らだけが外に追い出されていた。
「すこしは…前に進めるかなって。今度は、聞いてるだけじゃなくて一緒に出来るようになれるかな…?」
佐倉の言葉の意味が判らなくて、少し考える。
「私ね、秋川君の演技凄く好きなのよ。放送劇、ちゃんと聞いてるんだから」
「そうなのか…?いや、佐倉に演技が好きとか言われるとなんか…照れるな」
まさか、そんなこと言われるとは…。
「秋川君の声も好きよ。通るいい声してるよね」
続けざまに声を誉められて、動揺する。
「だから…思わず聞き入っちゃうんだよね」
廊下を歩きながら、動揺してる僕をよそに佐倉は言葉を続ける。
「声優って、そういうの大事よね。私は…そういうのはないかな」
「そんな事ないよ。佐倉、上手いし」
先を歩く佐倉の顔は見えない。
声の感じだけで佐倉の感情が読めるとは思っていないけど、なんとなく悲しそうな笑みを浮かべていそうな気がした。
「ありがとう。後半も頑張ろうね?」
「え?ああ…そうだな」
結局佐倉の言いたい事は分からなかったけど…なんというか。
学園祭での評判も良かったし、後半の録音も慣れたのか問題なかったし。
あとは佐倉の答えを教えてもらうだけ。
答えはきっと決まっている。
聴かなくても分かる気はするけれど、きっと佐倉は教えてくれるだろう。
それを僕も待っている。
演技が好きな佐倉が演技を諦めないでいいのなら、それの方が僕も嬉しいし。
何でそこまで拘ったのか今はまだ分からないけれど、傍から見ればばればれなその感情を意識するのはもう少し先。
佐倉から答えを聞く、その時に。

終わり