3.高値の花

それはたまたま耳にした単語だった。
校内での、彼女の評価。
男子生徒の誰もが一度は憧れる高嶺の花。
その視線の理由に気づいていても、彼女はなんとも思わない。
自分がそうあるべきだと言うことを自分に課しているからでもあり、遠坂の家訓でもあるからだろうか。
優雅に泳ぐ白鳥のように、努力は見せずに優雅であれ。
でも。彼女の外見の美しさは家訓ではどうにかなるものではない。
生まれ持った外見の美しさに磨きをかけているのは彼女の努力だろうが…。
あの晩までこの身に、身に着けていたペンダント。
その持ち主が彼女で、この身を救ってくれたのも彼女だった。
彼女のイメージカラーの紅い宝石。
それは正真正銘の高価なもので、助けてもらった頃はその本当の価値に気づかなかった。
並外れた魔力と高価な宝石。
その二つを失ってまで助けてくれた人。
それが彼女だと知ったのはほんの少し前。
校内で何気なく聞いたその単語は、まさに彼女のことだと思った。
だが。
生の花では彼女に太刀打ちできない。
だからこそ、間違いであることは判っているが、彼女には『高値の花』が合っているのだと思う。

「ねえアーチャー?」
「何かね、凛」
「あなたさっきから口数が少ないけど、何か考えてるの?」
「考えていると言えば考えてはいるが…何も考えていない方がいいのかね?」
不意に呼ばれ、何事も無いかのように振舞う。
「そんなことは無いわよ。ただ、聖杯戦争とは関係ないこと考えてる気がして」
優れた魔術師である彼女は直感にも優れているようだ。
「確かに、関係ないことも考えることはあるな。君の寝起きの悪さをどうしたらいいのかとか、ね」
凛は顔を紅くして怒ろうとするが、まだここは教室で周りには少ないながらも他の生徒がいる。
それを考慮して、彼女は何も言わずに席を離れると鞄を持って教室を出た。
赤い顔は完全に優等生の仮面の下に隠している。
それが慣れた事のように、普通にこなす姿を見ているとこの後に起こる嵐は凄いだろうと想像できる。
屋上に着くと、彼女は絶対零度の微笑で私を見た。いや、睨んだ。
「何故怒る?本当のことだろう?」
「私だって十分自分の寝起きがよくないことくらい分かってるわよ!」
怒りはピークのようだ。
周りに誰もいないのをいいことに、凛は顔を真っ赤にして私に怒鳴りつけた。
「では何故怒る?」
「本当は考えてなかったのに、そうやって逃げようとしたからよ」
怒りを納めて、彼女は私を尋問するかのような口調で話す。
どうやら違うことを考えていたのはお見通しだったらしい。
「ではどう答えればいい。君はどう答えれば納得する?」
「そんなの簡単よ。素直に何を考えていたのか話せばいいわ」
そう言って、胸を張る凛。
そうは言われても、素直に高値の花などと言おうものならどんな嵐がやって来るか、目に見えている。
「アーチャー?」
だからと言って、言わなければそれ以上の嵐が来る。
聖杯戦争に集中した方がいいのだが、彼女はきっと聞いてはくれないだろう。
彼女が一度決めたらそれを覆さないのはよく分かっている。
ここは素直に話しておくのが得策だろうか?


続く