また、夢を見た。
本当に本当に小さい時の話。
思い出すのも困難な、昔の話。
父さんがいなくなって、綺礼の世話にもならないと一人で生活を始めた頃。
ちょっと頑張りすぎちゃって、風邪を引いてしまい…一人で寝ていた、夜の事。
まだアーチャーのことをちゃんと知らなくて、ただそういう人がいるって事だけを知っていた。
知っていたんだけど、何時出て来るのかは判らなかったから、いるんだという程度で認識していて。
今思えばあの時看病してくれたのはアーチャーだと思うのだ。
あの時の夢を見て、確信した。
かすかに落とされる声。
普段は自信満々に感じる存在感が心配しているときの感じとか。
綺礼が来るとは思えなかったけど、その時はあいつしか来る人いないしと無理矢理納得したんだけど、今ならわかる。
その後ちゃんとした契約をした時には初めましてなんて澄ました顔で言っていたけれど、初めてじゃなかったんだ。
でも、一つだけ判らない事がある。
寝込んだ私を看病していたアーチャーは、私の名前を呼んでいた。
それも、名前じゃなくて名字で。
まあ、遠坂って呼べば確かに外れはないけど…父さんに聞かなかったんだろうか?
今のように凛と呼ぶわけでもなく、正式な契約していないからマスターと呼ぶわけでもなく。
私の事を遠坂、と呼んだアイツの心境はどんなものだったんだろうか。
それに。
アイツの、その呼び方が酷く知っている気がして…
何故だか不安になるのだ。
時折見せてくるアイツの体験した夢とか。
まだすべて見たわけじゃないけど、アイツの記憶だって分かっていれば見なかったのに。
いつもは起きれない私がいつもより早い時間に起きたのは、昔の夢とあいつの記憶のせいだ。
例え夢の中でだとしても、そう呼ぶなんて。
八歳かそこらの子供をお嬢ちゃんとかそう呼ぶわけでもなく名字で呼ぶなんて…
ホント、素で気障な事言うのと同じくらい困った性格してるんだから。
「凛、起きているのか?」
ノックの音と遅れて響いてきた声。
「起きてるわよ…夢見悪くて起きちゃった」
ドアが開かれないのは、私に気を使っているからだろう。
まだ起きる時間ではないし、この時間にきても私はパジャマのままだから。
「入っても大丈夫かね?」
伺いを立てるアーチャー。
でも、こういうときの伺いは返事したらすぐに入ってくる、確認の伺いなのだ。
ダメっていわれないと分かって聞いてる辺りは私の性格を把握しているという事だろうか。
「大丈夫よ。何かあったの?」
大丈夫といった時点でドアが開いてアーチャーが姿を見せた。
「いや、これといって変わったことはない。しいて言えば君がとんでもなく早起きという事かな」
「失礼ね、昔の夢を見て起きちゃったのよ」
隠すような事でもないので素直に話した。
「昔、一人暮らし始めたばかりの頃に風邪引いて寝込んじゃってね…その時、看病してくれた親切なブラウニーの事を夢に見たのよ」
表情は変わらないけれど、気配が少し変わったから反応はしているみたいだ。
「夢に見るまでブラウニーは綺礼だろうって思っていたんだけど…違ったみたいね」
考えてみたら、綺礼は一言いらない事を言う奴だから、何も言わずにいるのはおかしい。
そんな事だからお前は甘いのだとか詰めが甘いとか、言うに決まっている。
例え子供でもアイツは容赦なく言うだろう。
だから、アイツではない事は初めからわかっていた訳で。
「そのブラウニーを思い出したのは…良かったのかね?」
「ええ。今までの謎が解けたから…それに、あなたが私を遠坂って呼ぶこともあるんだって分かったから面白かったわよ?」
私の言葉に表情が変わるアーチャー。
だけど、それは一瞬でいつも通りの表情に戻る。
「あなただったんでしょ。ありがとう、あの時はお礼を言い損ねちゃったから今更だけど」
「遠坂の従者として当たり前のことをしたまでだよ。君が覚えているとは思わなかったがね」
「ね、また遠坂って呼んだりする?」
「いや。君がマスターである限り、それはないだろう。君が命令だというのならば、話は別だがね」
いつもの飄々とした態度で返してくるアーチャー。
私が命令だといってまで言わせることはないと分かっているのだろう。
「ちょっと早いけど、お茶にしましょう?もう寝れる気分じゃないから起きるわ」
「了解した、では用意をしておこう」
何時までもこうしているわけには行かない。
頭を切り替えないと、聖杯戦争は待ってくれないのだから。
今日も忙しい一日になりそうだ。

続く