遠さんちの家庭の事情

 19

早めの目覚めで余裕を持って向かったその日の昼間、異変は起きた。
桜の説得なのか、自宅に留まる事にしたらしい衛宮君は昼過ぎに買い物に出てそのままイリヤスフィールに連れ去られていた。
セイバーは魔力を衛宮君から貰えない事もあり、体を休めていた為に側にはいなかった。
桜は学校に来ていて、衛宮君が連れ去られたという一報を届けてくれたのはセイバーから事態を聞いたライダー。
桜から話を聞いた私は…すぐに動く事はないであろうアーチャーを連れて、アインツベルンの森へと向かった。
聞けばセイバーは衛宮君がいる場所を感じるらしく、一人で向かったらしいとのこと。
途中で制服から私服に着替えて、タクシーを拾う。
上手くいけばセイバーを拾えるだろう。
いかにも行く必要はないと言いたげな表情をしたアーチャーが見えた気がしたが、気にしないことにした。
いちいち気にしていたら進まないし。
しかし、衛宮君て特技は捕まる事なんじゃないんだろうか?
キャスターといいイリヤスフィールといい…
「凛、前を走りすぎていったのはセイバーではないのかね?」
霊体のままのアーチャーがはるか前方を走り去るセイバーを見つけた。
私には全然見えなかったけど、さすがにアーチャー。見えたんだ。
とはいえ、走っているのはかなり前の方なんだろう。
「アーチャー、追いつける?」
小声で運転手さんに聞かれないように問う。
「何とか追いつける速度というところだな」
「なら捕まえて。真っ直ぐ衛宮君のいる場所に行くにはセイバーに案内してもらうのが一番手っ取り早いから」
気配が頷いて、消える。
アーチャーに追いかけてもらったのには理由がある。
追いつく事はないだろうけど、もしも追いついてしまった場合。
勿論セイバーは霊体になれないから運転手さんに見えてしまうだろうし、何よりもあの格好を見られるというのは…良くないだろうから。
アーチャーがセイバーを捕まえたところで私はタクシーを降りて歩けば、目撃者はいなくなる。
これから激戦となるであろうこの辺りにいられたくはないし、出来る限り離れて欲しいのでこの方法を取ったのだ。
まあ、セイバーを見つけられて良かった。
「凛、捕まえたぞ」
アーチャーからの連絡が届いて、私はタクシーを降りた。
運転手さんは心配そうに私を見たけれど、知り合いがそこまで迎えに来ているからと言って降りる。
そりゃ、郊外の幽霊が出る噂のある森の前で一人で降りれば…心配するだろうけど。
タクシーを降りてから歩く事数分。
セイバーとアーチャーが待っている場所にたどり着いた。
「お待たせ、行きましょうか」
「凛…わざわざ駆けつけてもらってすみません」
「いいのよ、どうせバーサーカーは決着を付けないといけない相手なんだし」
これは本音。
イリヤスフィールはアーチャーに興味が湧いたと言ったのだ。
衛宮君に対するものとは違うみたいだけど、気になる言葉だ。
「ところでセイバー、衛宮君がいる状態で宝具は何回使えるの?」
「今の状態では…二回が限度かと」
「そう…じゃあ、アーチャーあなたは?」
「私の場合は直接ダメージを与えるものではないが…まあ、君がマスターである以上、二回三回ではないだろうな」
アーチャーの思案するような呟きに、初めて聞いた言葉が混じる。
「やっぱりアーチャーの宝具ってサポート系なのね」
「そういうわけでもないがな…まあ、使ったところで直接攻撃するものではないということだけは言っておこう」
む。この期に及んでまで隠すつもりか。
足早に進みながら、確認したかった事を確認する。
私の手持ちは学校にいた事もあり、宝石五つ。
ちょっと心許ないな…まあ、仕方ないんだけど。
「あら、小屋があるわね。もしもの時は使えそう」
「そうだな。中は…凄い有様だが、雨風くらいは凌げるだろう」
「うわ、ここから中が見えたの?!信じらんない視力ねー」
私が見えたのは、小屋の屋根の部分のみ。
それもかなり遠くに小さく、だ。
その小屋の内部が側で覗き込むように見えたと言うアーチャーは、こんなのでもアーチャーだった。
「凛、今失礼な事を考えなかったかね?」
「まさか、気のせいよ」
そして、とんでもなく勘がいい。
そんな私たちのやり取りを聞いていたセイバーはとてもにこやかな表情をしていた。
「衛宮君の気配はどう?」
「かなり近づきました。この先です」
しかし…なんて広い森なんだろうか。
これを認識されにくいものとして隠しているアインツベルンの努力は評価するが…無駄が多い気がする。
そもそも屋敷に篭っている割りに、どうしてあんなに資金があるんだろうか?
気になるところだ…
「屋敷が見えたぞ、凛。正面から行くのか?」
「まさか。衛宮君を見つけるのが先よ」
ここはアインツベルンのテリトリー。
バーサーカーに待ち構えられている可能性が高い。
「二手に分かれましょう。アーチャー、単独でいける?」
「ああ、問題ない。だとすると君がセイバーと行動してエミヤシロウを助けるのかね?」
「そうするのがいいんだろうけど…私一人で行くわ」
私の言葉に驚く二人。
だけど、これが一番だと思うのだ。
「イリヤスフィールの事だもの、私一人なら見逃すと思うのよ。私には興味がないみたいだから」
イリヤスフィールはきっとアーチャーがいる方へと出て来るだろう。
「二人は正面から行ってくれる?私は裏から回って衛宮君を探すから」
作戦は決まった、その時だった。
『その必要はないわ、リン。私からそっちに行ってあげる』
響いてきた声はイリヤスフィールのもの。
「やっぱり見ていたのね…」
響く重低音。
なぎ払われる木の屑が宙に舞う。
現れた巨体はまごう事なきバーサーカー本人だった。
バーサーカーの肩に座っている少女が謳う。
ここが、あなたたちの死ぬ場所よ、と。


続く