放課後、衛宮君の家に急ぐ。
セイバーは家で留守番中だから、襲われていたとしても誰も分からない。
ライダーは常に桜の側にいるし…
少し乱暴にドアを開け、私はセイバーの名を呼んだ。
少しの時間の後に現れるセイバー。
「どうかしたのですか、リン?」
「どうかしたかといえば違うんだけど…セイバーは何もなかった?」
私の言葉にしばし考え込み、いいえ、と首を横に振るセイバー。
良かった、金ピカの強襲はなかったんだ。
「シロウよりもサクラよりも早いのですね、リン」
「柳洞寺のキャスターとアサシンは脱落したと見ていいと思うわ…だから、次に来るのは」
「ここ、というわけですか」
私の言いたいことを先に呼んで続けるセイバー。「ところで、イリヤスフィールは?」
「眠り続けたままです。呼吸は正常なようですが…」
セイバーは躊躇うように言葉を切って黙ってしまった。
「気になることでもあるの?」
何かを言おうとセイバーが口を開こうとしたその時、セイバーの表情が変わった。
「セイバー?」
「シロウが呼んでいる…襲われているようです」
「令呪は使っていないみたいね…。アーチャー、セイバーと先に行って」
「君はどうするのかね、凛」
「イリヤスフィールの様子を見てから行くわ」
私の言葉に納得がいかないというような表情を浮かべつつも頷くアーチャー。
「ではリン、私は行きます」
「ええ、アレを相手にしているのならライダーだけでは時間稼ぎにしかならないだろうから、行って」
ライダーがどこの英霊なのか分かってしまったら、勝ち目がなくなる。
それに、桜の状態が気にかかる。
精神に左右されているのならば、衛宮君が傷つく事をきっかけにして負の感情に傾くかも知れない。
疾風か何かのような速さで去っていった二人を見送って、私はイリヤスフィールの元へ向かう。
「イリヤスフィール、起きているんでしょう?」
側へいき、声を掛ける。
静かに開かれるイリヤスフィールの瞳。
「よく分かったわね、リン」
「なんとなく、ね。体の調子はどう…って聞くまでもないか」
目を開けているものの、起き上がろうとはしないイリヤスフィール。
「ライダーのマスター…サクラって言ったかしら、彼女は?」
「今いないわ。みんなギルガメッシュと交戦中。私も話が済んだら行くわ」
「落ち着いているのね、リン」
「サーヴァントが三騎でマスターは二人。いざとなれば逃げてこれるでしょうから」
「それを考えて自分は行かなかったのね?」
イリヤスフィールは悪魔のような天使のようないつもの笑みを浮かべている。
「それに…今あなたを一人にした方が危険な気がしたのよ…」
「私があのサーヴァントの事を知っているのに驚かないのね、リン。普通に話しているし…」
「話しているのが聞えたのでしょう?それに、隠していたって意味ないしね」
「そう…でも今回は私よりもサクラの方が危険だと思うわ」
「え?」
突然の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
それは考えていた事だったけど、イリヤスフィールの一言で確信に変わった。
「桜のことについて、何か分かるの?」
「サクラは…黒い聖杯よ。うすうすは気付いていたんでしょう?」
イリヤスフィールの言葉に、私は言葉を失った。
考えていたけれど、認めたくはなかった事実。
私はあの時、やはり間に合っていなかったのだ。
間桐の家で何があったのかは分からない。
けれど、何かがあったのは事実。
「どうしてそうなっているのかは知らないけれど、サクラの体はすでに一体のサーヴァントの魂を受け入れているわ。聖杯として機能しているの」
そう話してようやく体を起こすイリヤスフィール。
「私の体も機能を失い始めているわ。でも、サクラに流れた分があるから私は動けないほどにはなっていない」
「聖杯は…やっぱり、イリヤスフィール…あなた自身なのね」
こくんと頷いて私の呟きを肯定する。
「私は自分でコントロールできるからいいけれど、サクラはそれが出来ない。だから…吸収すればするほど意識は飲まれていくと思う」
それは、予感めいたもの。
「彼女の周りに四体のサーヴァントがいて…もし目の前で消滅したら、魂は彼女に吸収されるわ」
それはとても静かな死刑宣告を聞いているかのような…
「私も行くわ、リン。私が吸収すれば彼女はまだ救える」
そう、それが唯一の選択。
「…行きましょう、イリヤスフィール。動ける?」
「まだ大丈夫よ」
「それは困るな。お前達には向かってもらっては困る」
悪夢の予感。
感情のない声、まるで人をあざ笑うかのような笑みを浮かべた漆黒の聖職者がそこに立っていた。
続く