「綺礼…」
来るような、予感はしていた。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。聖杯は教会で管理させてもらうが異存はないな?」
表情は変えぬままに、淡々と話す綺礼。
「いやだ、と言ったら?」
「気が進まないが力ずくで行くしかあるまい」
イリヤスフィールは嫌だと言う気だろうか、それとも。
漆黒の聖職者に大人しく付いていくのだろうか?
「聖杯の管理なんて言って、アンタが聖杯狙ってるって可能性もなくないんじゃない?」
硬直した場面で、カマを掛けてみる。
「ふ、愚かな事を。当然だろう、凛?ギルガメッシュは私のサーヴァントなのだからな…それに聖杯は私にこそふさわしい」
引っかかる事を2、3混ぜながらさらりと言ってのける綺礼。
驚くとか裏切られたとか感じるよりも、身内に黒幕がいたことに腹が立つ。
いや、身内にはしたくないんだけど…腐れ縁的な、切れない何かと言うか…
これで本格的に縁が切れるかもしれないとか思ったのは内緒だ。
「そう…なら私はいけないわ」
拒否したイリヤスフィールを見つめる表情は虚無。
拒否される事は予想していた事なのか、少し面白くなさそうな…でもどこか愉快そうな気がするのは何故だろう…?
「そうか。ならば死んでもらうしかないな。凛、邪魔するのならばお前も同じ道を辿るが…告げるまでも無い様だな」
「当たり前でしょう?目の前で聖杯をアンタに取られるなんて屈辱でしかないもの」
それに。
後見人が黒幕だと言うのなら、好都合だ。
割り切ったとはいえ、忘れたわけではない。
コイツは父さんの敵なのだから。


「どうする、セイバー…アイツ、強いんだろ?」
「はい…異常な人格はしていますが、英雄王の名は伊達ではありません」
目の前に君臨する黄金の英雄王を前に、毒舌を発揮するセイバー。
ちょっとお腹空いていんじゃないのかと、士郎と桜は思った。
「どうしますか、離脱できれば一番いいと思いますが…」
桜の状態を危惧しているライダーは、無理だと分かっていても出来るのならばそうしたいと提案する。
たとえ戦いになっても桜がその場にいなければ、最悪の状態は免れる。
相手がギルガメッシュだというのならばなおさらだ。
「ふん…まだ死んでいなかったのか小娘。偽作の分際で一体食ったな?」
「な…何のことですか?それに私は死にません!」
珍しくセイバーではなく桜を見るギルガメッシュ。
その表情は不機嫌そのもの。
「一体でも起動するか…その様子だと制御は出来ていない…否。分かっていないようだな」
理解不能なことを話すギルガメッシュに、困惑気味の3人。
ただ一人理解できるのは桜だけだった。
いわれている事は分かる。
最近見る怖い夢。失われ始めた何か。
今ならまだ間に合う。
だけど、それは何が間に合うのか。
本当は気付いている。
でも、失うのが怖くて、気付きたくない。
「正常な聖杯戦争に、今なら戻れる。分かっているのだろう、小娘?選択の余地はない」
不機嫌な表情が、歪な笑みに変わる。
かざされる手は桜に向いていて。
最悪な、一言が発せられた。
「目障りだ、小娘。我の手で直に葬ってやろう光栄に思え」
無数に浮かぶ宝具。
「サクラ、逃げて下さい」
「ライダー、でも」
桜には無数の宝具の中にあるライダーの弱点とも言える武器が見えていた。
ギルガメッシュがライダーの真名を知らずとも、アレに当たればライダーが危ない。
「桜、危ない!」
考えている時間は無かった。
ライダーとセイバーはギルガメッシュに対峙し、桜は士郎に弾かれて間一髪の所で攻撃を免れた。
「桜、大丈夫か?」
「はい…私は大丈夫です。先輩は…怪我、してるじゃないですか!」
足と背中に掠ったらしい士郎は、大丈夫だと言った。
「かすり傷だよ、そのうち血も止まる。それより逃げないと」
「でもライダーが」
「ライダー?」
自分よりもライダーが心配だと言う桜に、士郎は嫌な予感がしていた。
「まさか、あの中に」
「あるんです、ライダーの弱点の武器が」
桜の言葉に士郎は声を失った。
最悪な局面を迎えようとしている彼らは、残された彼女達の危機を知るはずもなく、ただ駆けつけてくれることを願うしかない状態だった。

単独行動が得意な彼を除いて。
続く