ずきん、と心臓が震える。
刃物で刺されるよりも鋭い痛み。
ちくっとした痛みのはずなのに、その痛みは何よりも痛い。
想像、してしまった。
アーチャーが、私以外の誰かと並んでいるところを。
やばい、と思った時にはアーチャーから顔を逸らしていた。
真後ろを向いて、俯く。
ああ、泣いてしまった…
「凛?」
私の様子がおかしいことに気づいて、立ち上がる。
今、側に来られたら泣いてるのが分かってしまう。
何に泣いたのかなんて、説明できない。
「何でもないわ、気にしないで」
覗き込もうとするアーチャーの顔を避けるように向きを変えて、顔を隠す。
「なんでもないのなら、なんで泣く?」
いつもより数段低い声が私に問いかけた。
「私の言葉の何が君を泣かせた?言ってくれなければ分からない」
顔を背けているからアーチャーの表情は見えない。
けれど、声の感じから本気で心配しているのが分かった。
泣いてるのはばれてる。だから、出来ることは一つだけ。
「君には分からないと言ったことなのか…?」
これ以上、心配をかけるのは止めよう。
それしか出来ないから。
「確かに、分からないって言われたのはショックだけど…そうじゃないの」
私に出来ることは、心配されないようにマスターとして強くあること。
「まさかあなたにそんな相手がいたなんて思わなかったから、衝撃を受けただけよ」
適当な理由を言って、かわそうと思った。
アーチャーの言葉は関係ないんだと、言いたかった。
「あなたのこと、世話焼きな保護者みたいに思っていたから、衝撃を受けたの」
涙を拭い、笑ってみせる。
視線の先にいるアーチャーは真面目な表情のまま。
「本当にそうなのか?私には君がそんな理由で泣くとは思えない」
いつもみたいに、からかって欲しかった。
そんなことで泣くなんてまだまだ子供だと、言ってほしかった。
なのに、何でそこで真面目な顔をするんだろう。
「そんな理由よ。私もまだまだってことよね」
再婚相手にお父さんを取られる気分って、こういうのかしらねー、なんて誤魔化してみる。
笑わないアーチャー。
視線に捕らわれて私が黙ると沈黙が支配する。
「心配しないで、アーチャー。私は大丈夫よ」
いつものように、過保護な従者でいて欲しい。
ラストワルツが終わるまで、隣りにいさせて欲しい。
こんなことが叶えたい願いだと言ったなら、それは愚かな願いだと言うだろう。
たとえ想いに答えてもらえなくてもいい。
側にいたいだけ。
「君がそういう時は大丈夫じゃない時が多いんだ」
アーチャーは私の肩を掴むと、顔を近づけた。
「君は表面を偽るのが上手い。だが、それは私には通じない」
アーチャーの瞳が私を捕らえる。
アーチャーの目は鷹の目と言われるけれど、それは本当だと思った。
捕らえられたら、逃げられない気になる。

続く