出来上がった台本を見て、僕は言葉を失った。
想像していなかったわけじゃないけど、こてこてな冒険ファンタジーだなんて。
ほんとにこれ、30分で終わるの?

手のひらの宇宙

放課後、渡された台本を読んで立ち尽くす僕。
同様に放送委員会の面々は動揺を隠せないでいた。
30分って聞いたよね?
言葉には出さないけれど、みんなの顔にはそう書いてある。
自信満々なアニメ研究会は感想を待っているようだけど、何て言っていいのか分からない。
重い沈黙が流れた、その直後。
「あまり声のキャストっていないのね。これなら女子が私だけでも大丈夫そう」
ただ一人、違う事を考えている人がいた。
「放送委員会が男子しかいないのは聞いていたからね。最低限のキャストにしました」
佐倉の言葉に頷くアニメ研究会会長。
出てくるのはいわゆる勇者と王女、魔王の3人。
後は家来とかそういう脇役だから、誰でも出来る。
「王女は佐倉さんがやるとして、勇者と魔王は誰がやる?演技できるの誰?」
会長は凍りつく一歩手前の放送委員会の面々を見比べて、話を進めていく。
「秋川と…小寺でいいんじゃないか?秋川は放送劇で演技してるし」
放送委員会の委員長が僕と一年の小寺を指名した。
小寺に関しては経験をさせる意味で指名したんだろう。
僕の後に放送劇で演じるのは小寺だから。
「いいかな、小寺君と透真」
「いいも何も、佐倉を誘った時に僕もやるのが条件だったし。指名されなくてもやるつもりだったよ」
アニメ研究会の会長はクラスメイトで、結構仲がいい。
僕の事をとうまと呼ぶくらいには。
「小寺君も頷いてるし…で、どっちがどっちをやる?悪役は難しいから透真やる?」
「どっちでもいいよ。小寺、どっちがいい?」
「あ…魔王で」
小寺の思い切った答えに、驚く一同。
「いいの、小寺君?」
側にいた佐倉が声をかけると、小寺は頷いて笑った。
「佐倉先輩の演技、去年見てますから。俺じゃあ演技が釣り合わないです。魔王なら王女と会話する事があまりないので」
台本の会話の半分以上は勇者と王女の会話だ。
その次に勇者と魔王の会話。
王女と魔王は三言くらいしか交わしていない。
「まあ、確かにこの中で佐倉さんの演技についていけるのは透真だけなんだろうけど」
アニメ研究会の会長は悩んでいた。
そうはいっても、魔王だって大変な役だし。
「魔王については努力します。しばらく秋川先輩にどういう風に演じるか教えてもらってやろうと思ってますよ」
先回りして答える小寺。
「じゃあ、三人で練習する?そうすれば会話の息とか合わせやすいし、どうやって返せばいいのかとか分かるでしょ?」
「そうだな…そうしようか。小寺はそれでいいか?」
佐倉の提案に頷く小寺。
「じゃあ、主要キャラ3人は個人練習をしてもらうという事で。それ以外の放送委員には音響お願いするからねー」
「あ、浅生」
「なに?透真」
アニメ研究会会長・浅生は、僕の声に首をかしげたままの状態で返事した。
「絵は完全に出来た状態で声を入れるのか?」
アニメの収録といえば、絵の完成度によってやり方が変わる。
完全に絵が出来れいれば合わせるのはキャラの口の動きになるけど、そうでなければどこでどのくらいの秒数で話す…というのが分からなければ合わせられない。
「今のところ、完成版に声を合わせるつもりだよ。出来上がったパートから合わせていくから、頭からとは限らないけど」
「分かった、覚えとく」
普通の演劇とは違う打ち合わせを軽くやって、今日の打ち合わせは終わり。
出来上がるまでのこれからが大変なんだけど。

続く